旅行、文学、若者達

紀行と旅行記の系譜。
とはいえ乏しい読書歴。
両者の定義の違いってのも解らないけど、紀行文学だと、
玄奘の『大唐西域記』、マルコ・ポーロの『東方見聞録』、日本だと松尾芭蕉
奥の細道』あたりになるのだろうか。
教科書レベルの物ぐらいしか出てこない。
定義は曖昧だが、旅行記はもっと身近で、直接、旅行に出ようという気持ちを
喚起する文学として考えてみる。
自分が知っている、旅行者が読んでいる文学で一番古いのは金子光晴
『どくろ杯』あたりから。
そこから下って、小田実の『何でも見てやろう』そして、多分、ちょっと上の
世代は沢木耕太郎の『深夜特急』。
自分等の世代は恥ずかしながら猿岩石の『猿岩石日記』、になるのだろうか。
昔から旅行に出る大学生、もしくは若者世代が読む有名どころでは、そこら
あたりになるのか。
文学、やっぱり世代間の違いはあるように思う。
個人的に思うのは、金子光晴世代には旅行というか、旅に対するデカダンス
そんな物を感じる。
小田実あたりはもっと、優等生。だが学生気分が走りすぎて、ちょっと青臭い。
沢木耕太郎は格好をつけた文体と内容。
猿岩石と裏に居るテレビ局に関しては、海外に出ちゃいけない日本人代表。

時代の空気を感じる。
自分自身は旅行記に感化され、旅行に出た訳では全くない。
むしろ読むたびに、結構興醒めをしている。
だが、文学自体からは時代の空気がちょっとは感じ取れる。


そして現代。
海外で会う若者は『流学日記』という本を持っている。
至る所で、ボランティアをしながら旅行してますって若者、もしくは休学中
の大学生に会って来たのだが、この本が結構な影響を与えているようだ。
そんな彼等は観光もせずに、せっせとボランティア活動に精を出している。
ある大学生とその本を交換させてもらった。
すごく読み易い。
そして解り易い。
内容は、ボランティアをしながら旅行をして、その発見を若者が好む言葉遣いと
感性で綴ったもの。
古代ギリシャ時代の記述から既に、「最近の若い者は・・・」って台詞を
見つける事が出来るそうだ。
自分もまだまだ若いつもりだが、ついついそんな批判的な台詞が飛び出して
しまう。


結構面白い本ではある。
目的を持って旅行をするのは、すごく素晴らしい事だ。
だが、若者達の行動が、笑えるくらいにこの本の影響を受けてしまっている
ってのがどうにも。
旅行の目的まで、他人に用意してもらって情けない気持ちになったりしないの
だろうかと、ふと考える。
この本のあとがき、「コーチング」なる横文字職業の人間が書いている。
この旅行記禅宗十牛図に似て、一人の人間が悟りに至る物語だと。
ちょい待ち。
いつから悟りがそんなに簡単なものになったのだろうか。
何より、悟りというにはあまりに内容が陳腐。


若者を取り巻く、時代の空気。
解り易い問題に、解り易い解答。
悟りさえもインスタント。
そんな簡単に見つかるものなんて、結局大したものじゃない。


例え話になるのだが、仏跡に来ているチベタン達の行動を観察していると
ある事に気が付く。
ナーランダー僧院。他の観光客達は入口から直接、遺跡の中心へと向かう。
チベタン達は入口手前でいきなり左折。
遺跡の外周部を回ってから、初めて遺跡内に入って行く。コルラだ。
最後に至るところは、どちらも遺跡の中心。
だが、案内の通り直接中心に至った人間と、外周を回ってからやっと中心に
至った人間。
どちらが、より中心を中心として捉える事が出来るのか。


うまく表現はできないのだが、そういった事を若者と重ねて考える。
目的があるから、観光はしません。
それを格好良い物だという視点は、まるまる本からの受け売りだろうし、
著者のそういった視点も、いかにも二十歳。
まぁ、三十超えてるから、感性が違うのも当たり前か。
もっと無駄な事を色々とやったり見たりした方が断然面白いし、今後の人生で
生きてくる事もあるだろうにってちょっと歯痒い。
もっともっと大きく悩めば良いのに。
小利口に立ち回った所で、得る物は多分少ない。
遊びの無いハンドルだと運転しづらいよ、とも思う。


どちらにしろ、二十歳の学生が書いた本を、二十歳の頃の俺が読んだとしても
きっとあまり好きになれなかった事だろう。
天の邪鬼だから。


そんな中にも、ちょっと毛色の違う若者もいる。
女性に絶望的にモテない事を気に病む大学生。
筆下ろしは新宿のソープで中国人女性にしてもらったと訥々と語る。
ボランティアしてますって爽やかに、誇らしげに語る学生より、そういう奴と
話をしている方が断然面白い。


時代の空気に、抗って欲しい。
少なくとも自分で考え、自分で悩む人間には気骨を感じる。
俺が女だったら、ほっとかない。
だが、そういった男は女にもてない。
時代の空気だ。


それでもやっぱり、時代の空気に思いっきり抗って欲しい。
頑張れ、若者。
そして、俺。